そして、今日も生きている
前回からの続き。
学生時代は、まぁそれはそれは変わり者で、常に生きづらさを感じていました。
それでも有難いことに、人の優しさに触れることで、何とか生き延びることができました。
今回は、その後のお話です。
就活を経て現在の仕事に就き、現在に至るまでについて語って参ります。
就活漬けの末、たどり着いた先
大学3年生。そろそろ就活。
正直この頃は、将来どんな仕事に就きたいかなんて何も考えていませんでした。
強いて言えば、人を楽しませる仕事がしたい。そのくらい。
特に専門の勉強なんて何もしてないけれど、
「人を楽しませる=クリエイター」
という、安易な発想からクリエイティブ系の会社を受けまくりました。
とにかくネットで面白そうな会社を探して、会社説明会にアタック&アタック。
そしてもちろん、全て不合格(ノ∀`)
それでもめげることなく、手当たり次第に会社説明会に行きまくりました。
広告、web、ゲーム、アミューズメントなどなど…
結局、ほとんどが受かることは無かったけれど、それでも良い経験が出来たなと今でも思います。
ほんと好奇心や体力のある人は、いろんな業種の会社説明会を受けてみる事をオススメしますよ。
間違いなく視野が広がるし、自分が本命と考えていた業種、職種以外でも興味が湧く仕事に出逢えるかもしれませんので。
実際、私自身もそうやっていろんな業種、職種を見てまわり、結果として現在の仕事に辿り着きました。
しかも、それはなんと、自分の中で一番やりたくなかった職種だったのです。
本当は営業なんてなりたくなかった
なりたくなかった仕事No.1。
それは営業職。
とにかく叱られる。
常に理不尽な状況に晒される。
そもそも体育会系のノリが苦手。
文化系畑で育った自分にとって、営業なんて絶対向いていないし、まったく眼中にありませんでした。
もちろん、営業職志望で受けた会社なんて1つもありません。
しかし面白いもので、そんな自分が何故か営業職についてしまうわけです。
なんで、営業になったのか。
今の会社から内定を頂いた際、採用担当者から、
「総合職での採用だけど、希望を出せばクリエイティブ系の部署に配属されるよ」
といった話を聞き、それを信じて入社した事がそもそもの始まりでした。
しかし実際入社したら、それは人事担当の口からでまかせだった事が発覚。
過去も現在も、そんな事実どこにもありませんでした。
「なぁにー?!やっちまったなー!!」
男は黙って、営業職。
結局、配属は営業部に( ;∀;)
自分の一番苦手な環境で、自分の一番苦手な仕事をやらなければならなくなってしまいました。
くるしくて、つよくなる
「おいしくて、つよくなる」
そんなビスコのような、楽しみながら成長できる環境だったら良かったんですが、
仕事の内容は当然、先に挙げた通り苦難の連続です。
営業なんて、ほんとしょっちゅう叱られるわ、理不尽な事だらけだわで、まぁ楽しい事なんて殆どありません。
元々やりたいなんて微塵も思ってない仕事だったので、「絶対辞めてやる」といつもいつも思っていました。
でもなかなか辞められず、気がつけば10年以上営業の仕事を続けることに。
人生って、ほんと分からないものですね。
何だかんだ続けられた一番の理由は、周りの人達に恵まれたことです。
有難いことに、私のこれまでの上司や同僚、更にはお客様。殆どが優しい方でした。
こんな変わり者なヤツでも、上の方は根気強く教育して頂きましたし、同僚にも助けてもらったりで。
お客様にも未熟な営業マンだった私を育てて頂いたりで(-_-;)
失敗しても、なにしても、何とかかんとか生き延びてこられたのは、本当に周りの人達の支えのお陰だなぁと。
そして、そうやってしんどい状況の中でも生き延びてきたことで、メンタルも学生時代から、いくらか鍛えられました。
また非常識だらけの人間でしたが、なんとか最低限の常識を身に付けさせてもらえた事で、社会で何とかやっていけるようになりました。
本当に、これまでの上司や周りのスタッフ、そしてお客様には感謝しかありません。
好奇心と地雷源
大人になってからも好奇心は旺盛で、休みの日はとにかく色んな事に首を突っ込みました。
飲み会イベントやら異業種交流会やらパーティーやら、様々な所に出向いては、まぁ多種多様な人達とコミュニケーションを取りました。
「胡散臭い社長」、「意識高い系だけど、中身カラッポな人間」といった香ばしい人達もいれば、
「バリバリの飲食店オーナー」や、夢に向かって頑張る「駆け出しのお笑い芸人や俳優」といった尊敬できるような人など、様々。
そんな中で親しい友人にも恵まれましたが、一方でトラブルに巻き込まれてしまう事もしばしばありました(-_-;)
まぁ、マルチもそのうちの一つですね。
で、それでもまぁこれまで何とかそんなトラブルも乗り越える事が出来たのですが、
そんな自分もとうとうドでかい地雷を踏んでしまい、致命傷を負ってしまうわけです…
借金1400万。
地雷源を無防備に、好奇心のみで突っ走ってしまった代償はあまりにも大きかった。
戻れるなら、本当にあの時の自分にブレーキを踏ませたい。
それは、今でも後悔しています。
それでも今日を生きている
借金1400万を背負って、このブログが始まりました。
正直、借金を背負った瞬間。本当に人生終わったと思いました。
いや、今でも人生どこかで終わってしまうんじゃないかって、不安で不安でしょうがない日も実はあったりします。
「前向き生活」なんて偉そうなタイトルをブログのつけておきながら。
でも、それでも何故か今日を生きています。
「何故なんだろう」と改めて考えたとき、一つの答えが浮かびました。
それは、あれだけ嫌だった営業という仕事が、結果として自分を強くしてくれたからなんじゃないかと。
1400万という絶望にも、なんとか立ち向かえるだけの精神力をもたらしてくれたんじゃないかなと思うんです。
もしあの時、人事担当に騙されていなかったら、
自分を鍛えてくれた営業という仕事に就くことなど無かった事でしょう。
きっと、今より貧弱なメンタルだっただろうし、
そんな状態で1400万の借金を背負ってしまったら、最悪の事態を引き起こしていたかもしれません。
人生、その瞬間「失敗した!もう終わりだ!」と思う事は必ずあります。
でも、その後の人生でその失敗が活きてくる事だってあります。
今、歩いている道が決して自分の望んだものとは違っていても、歩き続ければきっと良いこともある。
そう信じて、前向きに今日も、そして明日も生きていきます。